「わたし」の取り戻し方②アファメーション

アファメーションってホント?と思っていた私の話。

正直に言う。

アファメーションって、最初はちょっと怪しいと思っていた。

「私は愛されている」
「私はどんな時も輝いている」

…。海外の人が英語で言ってるのはかっこいいけど、
日本語だと、なんかしっくりこない気がする。。。


でも、あの頃の私のインスタは
気づけばそういう投稿であふれていました。

自己啓発系というか
もう頑張らなくていいよ、という
あったかい言葉たちが、タイムラインに並んでいた。

アルゴリズムって、正直ね。
苦しかった私の心が、そういう言葉を求めていたのだと思う。

その中で出会ったのが、life design club というインスタアカウント。

「私はどんな時も自分を大切にする」
I choose to love myself.

画面越しに、その言葉がすとんと落ちてきた。

怪しいとか、恥ずかしいとか、日本語だからとそういう感覚が
なぜかもう、消えていた。


アファメーションとは、自分自身へのポジティブな宣言のこと。

でも私が最初に誤解していたのは
「今の自分には当てはまらない言葉を無理やり言い聞かせるもの」
だと思っていたこと。
そして、勝手にあれは海外の文化だから、と自分には効果のないものだと思っていた。

でも実は違うらしい。

脳は、繰り返しインプットされた言葉を
少しずつ「事実」として認識し始めるらしい。

つまり「私はどんな時も自分を大切にする」と毎日声に出すことは
嘘をつくことじゃなくて
なりたい自分への道を、脳に先にインストールする作業なんだって。

ちょっと医療用語っぽく固い言葉で言うと、神経の可塑性、つまり脳は繰り返しの刺激で神経回路を書き換えられる性質を利用しているイメージ。


じゃあどんな言葉を言えばいいの?ってゆう話なんですが

難しく考えなくていいのです。

「今日も私はよくやった」
「私には価値がある」
「私はどんな時も自分の味方なのだ」

最初は声に出すのが恥ずかしかった。
でも、誰も見てないし
鏡の前で、小さな声でいい。

続けていくうちに気づいた。

あ、私、自分のことをずっとひどい言葉で呼んでいたな、と。

「あ〜また失敗した」
「私は飽き性だから」
「なんでこんなこともできないんだろう」

アファメーションの反対を、ずっと自分にかけ続けていた。


そして自分をニートと呼ばない、と決めたのもこの頃。

「私ニートだから〜」と自虐のつもりで言っていたけど
脳にとっては冗談じゃなくて、本気のインプットになってしまう。

言葉は、思っている以上に自分に刺さる。

だから今は、こう呼ぶことにした。

充電中。そして新しいOSをインストール中。📱


アファメーションがまだイマイチだと思う人がいたら
とりあえずこれだけ、今日から試してみてほしい。

「私はどんな時も自分を大切にする」

I choose to love myself.

声に出さなくてもいいです。
心の中でつぶやくだけでいいです。

脳は、ちゃんと聞こえてるからね。☺️

つづく🌿

最後までお読みいただき、ありがとうございました。🙇🌿

この記事を書いた「おおき にな(Nina)」は、正看護師10年以上の経験を活かし、医療・美容、セルフケア専門のAIハイブリッドライターとして活動しています。

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